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2009年12月

ひとひらの

 

 

 

ひとひらの萌黄の紙に明日をこめ鶴折りたれば飛ぶかもしれず
(ひとひらのもえぎのかみにあすをこめつるおりたればとぶかもしれず)

                                 -歌集『ガラスの靴』-

 

アメリカでは初の黒人系大統領が選ばれ、新興国の力がいやが上にも増し、
日本においても、長かった自民党政権から民主党政権への交代が起った
この2009年、それを後の世から見たとき、いったい、
どんな年であったとの評価が下されるのでしょうか?

社会の幸福と個人の幸福とは必ずしも一致するものではないにしても、
昨年末から今年にかけては、その両方の『幸福』というものが、
やはり大きく重なっていると強く感じたように思います。

社会の経済が悪くなっていけば、様々の箇所で綻びが現れ、それが単に
個人のレベルでの、所謂“自己責任”の結果の『不幸』を招くのではなく、
それらを包含する社会システムの不備と破綻が、個々人の『幸福』を
大きく左右するのだと、身をもって感じた年だったように思います。

個人的なレベルで振り返っても、例えばある終りがあり、又終りの初めが
始まったり、と激しく揺さぶられた時でしたが、そうしたことを抱えながら、
しかし、新しい時間に向おうとするとき、選んだのはやはりこの歌でした。

今、私たちの上にいかなる難題が山積していようと、近しい人にも遠い人にも、
すべての人の明日へと、新しい光りが力強く差し込むことを心から念じて
2009年最後の、そして明日からの2010年のブログの初めといたします。

 

 

 

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君がため

 

 

 

君がためもうすこしだけ目覚めてむストーヴの火の赤の羨しさ
(きみがためもうすこしだけめざめてむストーブのひのあかのともしさ)

                                                                            -歌集『ガラスの靴』-

 

 

 

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打ち明けてみむ

 

 

母様へ「ないしよ ないしよよ あのねのね」悲しき恋を打ち明けてみむ
(かあさまへ「ないしょ・ないしょよ あのねの」かなしきこいをうちあけてみん)

                                                                                        -花影 12巻4号-

 

幼い頃、母はよく子守唄や童謡を唄ってくれた。よく透る華やかな声だった。
色々な唄を聞かせてくれたけれど、「ないしょ・ないしょ」で始まるこの唄は、
中でも強く記憶に残っている。その理由は、
本当に単純で可愛らしい光景を切り取っているからでもあるだろうが、
内緒話を「ね、かあちゃん」と坊やが呼びかけるという
平和で優しいシーンが、胸にひびくからだと思う。

幼いころは何でも母親には話していたのに、成長すれば、
親にはとても素直に打ち明けたりできなくなるのが普通、だと思う。
様々の悩みや思いが心に溢れて、ふっとあの日のように
『ね、かあちゃん』と話してしまいたい気持ちになることもある。
でも、それができない。子供を卒業する頃になるとそうは出来ない。
親だからこそ、『打ち明けられない』と思うようになるのだ。

親は、一生懸命子供を守り育てて、その愛情が深ければ深いほど、
子供には何も辛いことや悲しいことは経験させていない筈、と思っている。
けれど、そうした親にとっては大変悲しいことだけれど、
子にとっては、自分が自分の世界の主人公であるために、何とか
持ちこたえなければいけない、心の成長の証しでもあるのだと思う。

 

この歌には、そんな悲しみを抱えた作者が、幼いころの記憶を辿りながら、
ふと口ずさんだわらべ唄と、優しい母の思い出に、
少しづつ癒されていくような、そんな物語りがこめられているようです。

 

 

 

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彌重吉事(いやしけよごと)

 

 

 

新たしき年の始めの初春の今日降る雪のいや重け吉事
(あらたしきとしのはじめのはつはるのきょうふる雪のいやしけよごと)

                                                         萬葉集 第二十巻 大伴家持 作歌
※古くは『新(アラタ)』、
     『惜(アタラ)』…保田與重郎著『萬葉集名歌選釋』より

 

 

今年の始めのこのブログにもこの歌を書いていますが、
初春の歌として、二番目に大好きな歌です。

自分で作る歌は、不平や不満、嘆きや悲しみなどの歌が大半ですが、
好きな歌というのは意外とこのように、マイナーな感情のない、
温かで穏やかで美しく、何か言っているようで、実は特別な何かがあるのでもなく、
ほんわかと優しくて明るい気分に満ちている歌、それも、
軽やかなリズムを感じ取れるようなものが特に好きなのです。

短歌の先生は、歌に<理屈・説明・言い訳>を入れてはいけません、
と仰います。先師は、歌は『神に捧げるもの』だと仰ったそうです。

西洋においても、賛美歌や古典音楽は殆どが『神への捧げもの』ですが、
先師の仰っていることは、難しくてようくは理解できたとは思えません。
けれど、実際に歌を作っていると、
先生の仰る<理屈・説明・言い訳>のことは、しばしば実感することがあります。
そうした時に、そのような言葉を削除し、変更するということの中で、
自分の考え方や行動などを反省する機会をもてたことは何度もありました。

30年前に父が亡くなってから、長い間唄を忘れたカナリアだった自分が、
ほんの偶然のことから<短歌>に出会い、作歌によって
新しい発見や喜びや、また反省や前向きな思考を続けてこられたのは、
こうした先生や先師、先輩方の<ことば>の賜物だったと思います。

歳を重ねてゆくにしたがい、この世の仕組みや生き物の運命の過酷さ、
理不尽さをも見渡せる場処に出てきてしまいました。だからと言って、
決して、夢も希望も、喜びや共感などの幸せなことを忘れたのでもなく、
又、失ったわけでもないのですが、
こうして全てが凍りつくような厳しい寒波のなかにいると、
ただただ心を明るく透明にして、来る年の
『彌重吉事(いやしけよごと)』を祈りたい気持ちになってきます。

 

 

 

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赤い糸

 

 

 

赤き絲解けて褪めける糸きれを曳きて越えゆくこの道遠し
(あかきいととけてさめけるいときれをひきてこえゆくこのみちとおし)

                                   -歌集『ガラスの靴』-

 

 

『運命のひととは見えない赤い糸で結ばれている』
そんなことばを未だ若い頃に聞いたことがある。
『あんまり実感がないな』と思っていたものだった。

それから、幾人かの人と出会い、いくつかの恋をした。そして
今はそれらも遠い思い出となってしまった。
多分、その中にはこの指に残る見えない赤い絲でつながっていたひとも
あったに違いない。

けれど、多分、
その艶やかに輝いていた美しい絲も、自分の荒っぽさ、傲慢さ、そして
弱さが邪険に曳き廻したおかげで、いつしかその輝きを失い、今では
私の小指に引っ掛かっている、見えない襤褸のようになってしまった。

私は、その見えない絲が磨り減っていくことを知らず、時間が自分を
追い越していくことにも気が付かなかったのだ。

 

 

 

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鳴滝の

 

 

 

しらしらと侘助おちてしぐれする鳴滝の径坂となりゆく
(しらしらとわびすけおちてしぐれするなるたきのみち坂となりゆく)

                                   -同人誌掲載-

 

 

 

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