天乙女
天乙女天にいつはりなきといふ花のさかりのけふの篠山
(あまおとめてんにいつわりなきとまう花のさかりのきょうのささやま)
-歌集『ガラスの靴』-
春夏秋冬の四季がグラデーションのように変化していた数年前までに比して
去年から今年はまるで四季の移ろいがモザイク模様のようになってしまい、
どこからが冬でどこからが春か、あっちこっちに飛んでしまっているので、
人間も含め、色々な生物を混乱に陥れています。
その、とんでもない時期の降雪や強風、昨日は初夏で、今日は冬。
とても『寒の戻り』の言葉では解決できそうもない、そんな天候不順も、
じゃ、今までなかったのか?観測史上はじめてか?と思うとそうでもなくて、
かなりの昔にも何度もそんな現象があったと天気予報では言っています。
そうとしたら、その当時の人々はさぞ恐れ戦き、混乱したことでしょうね。
それにしても、私たちは長い歴史の刷込みで四季の移ろいは必ず色彩の
グラデーションのように緩やかに穏やかに変化していたように思っていますし、
実際、そうであればこそ、この縦に長い列島に居住する日本人としては、
心安らかに変化を受け止め暮らしていくことができていたのだと思います。
けれど、段々とこうしたモザイクタイプの天候が増えてきて、それがまた、
何度もいくつかのさざ波を呼び、またそれが大波となってか繰り返されて・・・
そして、人間の感性の届かないほどの時間が積み重なったころに、やがて
大きな変化がやってきて、そしてまたそうした変化の幾つかが重なって・・・
と、いつしか後世の人たちが現在を顧みすることも困難なほどの変化を
もたらしていくのでしょう。
只、昔と現代と違うことは、その遠い未来には、今始まったばかりの大変な
デジタル情報が蓄積していて、今の私たちが想像できないほどの遠い未来でも、
この小さな『現在』が顧みられているのかもしれませんね。
でも、そんなややこしいことを抜きにして、現在の希少な美しさと優しさに
満ちた四季の変化の中で育まれてきたた日本人の暮らしと、
その感性の細やかさを心から楽しみつつ、何とかこの気候変動と暮らしの
折り合いをつけて、決して希望を失わず暮らしていけたら、と思います。
そのためにも、自分にわからないことに早急な答えを用意するのでなく、
疑問は疑問としてゆっくりと咀嚼しつつ、考えていかなければいけないと
自戒の念をこめて、思っています。
去年の秋熟れてはじけし栗の実の菓子をあがなふ春の篠山
(こぞのあきうれてはじけしくりのみのかしをあがなうはるのささやま)
-歌集『ガラスの靴』-
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