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2011年3月

長い長いお休み

 

 

ひとつ得ればいくつ失ふ珠玉の数神のゲームの空怖ろしき
(ひとつうればいくつうしなうたまのかずかみのゲームのそらおそろしき)
                                                      同人誌 -平成23年新春号掲載-

 

長い間ブログをお休みしていました。1年間更新しなければ自動的に削除
されるとかで、ようやく重い腰を上げた?志都美ですが、その間に本当に
辛いことがありました。まるで、ニュージーランドのクライストチャーチ
のように、外見はどこも問題がないように見えているけれど、もう一度
大きな地震が来たらガラガラと崩れてしまうような感じでした。
だから、もう志都美曼荼羅も閉じようか、と本気で考えていたのですが、
そんな中、3月11日の『東北関東大震災』が起こり、またぞろ色んな
ことを考えずにいられなくなって、今パソコンに向っております。

 

初めの歌は、このブログにも何回となく登場している『読書会』を一緒に
している友人が昨年11月に心臓で急逝したときに詠んだ歌です。
辛かった、本当に情けなかった。『なんで?』『なんで?』『なんで?』
『なんで?』・・・が止まらないのです。
なんで彼女が、あの大切な友だちが突然逝ってしまうのか???
すでにここ4年の間毎年私は大切な友人をひとりづつ失っているのです。
皆、30年以上の近しい付き合いの友人たち。そして又。。。

この世の仕組みは、もしこの世の創造主がいるとしたら、何と言う残酷で
えげつないシステムを考え出したのだろう? 本当に考えれば考えるほど
巧妙にプログラムされた救いのない世界ではないだろうか?!!

 

けれど、今回の地震と津波の被害に遭われた数え切れない方々は、私の
数年にわたる悲しみの世界を一瞬にして背負われたのです。
死者・行方不明者○○○○人とテレビ画面や新聞などに書かれていますが、
その一人一人の悲劇とその家族や友人たちの悲しみを、果たして自分は
想像することができるのでしょうか?
その数字を数字として捉えた悲しみでなく、テレビや新聞などのメディア
というフィルターを通してでもなく、自分の想像力でイメージすることが
できるでしょうか? 何か自分が根底から試されているように思います。

 

こうした非情な現実を前にしたとき、色んなフィルターのかかった情報
だけではなく、自分の頭で受け止め、それを自らの想像力をしっかりと
働かせて判断し未来のことを考えなければいけないのでしょう。
当事者の方々は未だそのような余裕はありません。いえ、今も直後よりも
厳しい戦いを強いられている筈です。だから、幸いにも現在、若干の自由
や余裕をもっている私たちが【どんな未来ができるのか?】をしっかりと
考え、又見守っていかなければいけないのだと改めて強く思います。

 

 

暖かき部屋の円居を凍らせて突如変はりしテレビの画面
(あたたかきへやのまどいをこおらせてとつじょかわりしてれびのがめん)
                                                           -平成23年20日歌会提出歌-

 

 

 

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